おくりびと
2009-05-06(Wed)
安らかな旅立ちへのお手伝い。
昨年の映画賞を総ナメした作品、
やっと観ました。
評判通り、笑いあり涙ありの感動作でした~

監督:滝田洋二郎
製作:2008年 日本
出演:*本木雅弘 *広末涼子 *山崎努 *余貴美子
キレイになって 逝ってらっしゃい。
この映画が公開された昨年9月頃、
主人公の職業が納棺師だと聞いて、
私事ですが、一昨年、義父が他界し葬儀場へ行く前に
自宅で湯かんの儀を行った事をすぐ思い出しました。
身内だけで義父にお湯をかけ、その後葬儀社二人の方が、
義父に白装束と死化粧を施してくださったので、
彼らが納棺師だったんだと思っていました。
しかし、今回映画でもっくんの仕事ぶりを見たら、
本当に彼らは納棺師だったのか?と疑問がわいてきました。
と言うのは、義父を着替えさせるところになったら、
「ご親族は隣のお部屋でお待ち下さい」とシャットアウトされたので、
どんな風に身支度を整えてくださったのか分からないんです。
多分、もっくんのように遺族を前にして、芸術的所作で、
儀式を執り行える納棺師って、
そんなにいないんじゃないのかな。
特に都市では、儀式が簡略化されているので、
映画を観た後で、納棺に立ち合った人は、
「もっくんと全然違う」と思うのではないだろうか。
まあ、こんな前置きはこのあたりで。
(まだ、前置きだったのか!長いっ すいません・・・)
それだけ、もっくんの納棺の儀式は荘厳で見事です!
凛としたたたずまいや流れるような動きは芸術のよう。
何よりも、故人の顔を見ながら身体を大切に扱う態度から、
故人・その遺族を慈しむ心や真摯さが伺えるのが良い!
もっくん自身が、この作品をどうしてもやりたいと、
何年も暖めてきて、納棺技術も特訓しただけの事はあるよね~!
ネタバレあります
それでも妻(広末涼子)や友人(杉本哲太)が嫌がるように、
死を扱う仕事は忌み嫌われるものと言うのが、
世間の風潮なのかなあ。
私は感謝こそすれ嫌うなんて事はないけどなあ。
そんな世の中の偏見に対して、
人の死に関わる事は避けて通れない、
ひいては死と生は切り離しては考えられないという、
一種の哲学を教えてくれるのが、山崎努演じる社長。
飄々として肝心な仕事の説明を一切してくれないんだけど、
たまにポツリと言う言葉にすごく含蓄があって良いのだ!
フグの白子やフライドチキンを生々しく食べるシーンで、
「生き物は生き物を食べて生きてる」と言うように、
生は他の死の上に成り立っているんだと思い知らされます。
そして、仕事をする背中で黙って語っているんです。
死をタブー視する現実を、物ともしない確固たる信念を。
主人公は社長の背中を信頼できるから、
仕事を続けていけるのでしょう。
いくら妻から厳しい事を言われても、
主人公は誠実に故人と向き合い、遺族に感謝されて、
仕事の深さを肌で感じていく・・・
移ろい行く四季の中でチェロを演奏するのと、
仕事ぶりが交互に映し出されます。
まるでチェロを弾くのと同じくらいの愛情を持って、
故人や遺族と接しているようで、
観ているこちらも崇高な気持ちになっていくんですよね。
音楽も美しいメロディで良いんだなあ~★
いつまでも偏見を捨て切れない妻の前で、
知人のおばちゃんを納棺する事になるんだけど、
その時の妻の表情で、どのように心境が変化したか、
すぐ分かりますよね。
あと、「死は終わりではない。次に向かう門だ」と
笹野高史が語る言葉も、悲壮感を和らげています。
そして、最後は確執のあった父との石文のくだり。
小さい時にもらったゴツゴツした石から、
今、丸い石に変わります。
父との間にあった長年のわだかまりも解け、
新しい命へと親の思いを繋げていく・・・
死を見つめていると、生がどれだけ輝いて見える事か。
もうジワジワと涙が込み上げてきますが、
とても清々しい気分なんです。
エンドロールでは、もっくんにまた見とれてしまいました。
世界中で評価された事に納得できる作品でした。
#2008年アカデミー賞外国語映画賞受賞
#2008年日本アカデミー賞作品賞・主演男優賞・助演男優賞
助演女優賞・監督賞・脚本賞・撮影賞・照明賞・録音賞・編集賞受賞
昨年の映画賞を総ナメした作品、
やっと観ました。
評判通り、笑いあり涙ありの感動作でした~

監督:滝田洋二郎
製作:2008年 日本
出演:*本木雅弘 *広末涼子 *山崎努 *余貴美子
キレイになって 逝ってらっしゃい。
この映画が公開された昨年9月頃、
主人公の職業が納棺師だと聞いて、
私事ですが、一昨年、義父が他界し葬儀場へ行く前に
自宅で湯かんの儀を行った事をすぐ思い出しました。
身内だけで義父にお湯をかけ、その後葬儀社二人の方が、
義父に白装束と死化粧を施してくださったので、
彼らが納棺師だったんだと思っていました。
しかし、今回映画でもっくんの仕事ぶりを見たら、
本当に彼らは納棺師だったのか?と疑問がわいてきました。
と言うのは、義父を着替えさせるところになったら、
「ご親族は隣のお部屋でお待ち下さい」とシャットアウトされたので、
どんな風に身支度を整えてくださったのか分からないんです。
多分、もっくんのように遺族を前にして、芸術的所作で、
儀式を執り行える納棺師って、
そんなにいないんじゃないのかな。
特に都市では、儀式が簡略化されているので、
映画を観た後で、納棺に立ち合った人は、
「もっくんと全然違う」と思うのではないだろうか。
まあ、こんな前置きはこのあたりで。
(まだ、前置きだったのか!長いっ すいません・・・)
それだけ、もっくんの納棺の儀式は荘厳で見事です!
凛としたたたずまいや流れるような動きは芸術のよう。
何よりも、故人の顔を見ながら身体を大切に扱う態度から、
故人・その遺族を慈しむ心や真摯さが伺えるのが良い!
もっくん自身が、この作品をどうしてもやりたいと、
何年も暖めてきて、納棺技術も特訓しただけの事はあるよね~!
ネタバレあります
それでも妻(広末涼子)や友人(杉本哲太)が嫌がるように、
死を扱う仕事は忌み嫌われるものと言うのが、
世間の風潮なのかなあ。
私は感謝こそすれ嫌うなんて事はないけどなあ。
そんな世の中の偏見に対して、
人の死に関わる事は避けて通れない、
ひいては死と生は切り離しては考えられないという、
一種の哲学を教えてくれるのが、山崎努演じる社長。
飄々として肝心な仕事の説明を一切してくれないんだけど、
たまにポツリと言う言葉にすごく含蓄があって良いのだ!
フグの白子やフライドチキンを生々しく食べるシーンで、
「生き物は生き物を食べて生きてる」と言うように、
生は他の死の上に成り立っているんだと思い知らされます。
そして、仕事をする背中で黙って語っているんです。
死をタブー視する現実を、物ともしない確固たる信念を。
主人公は社長の背中を信頼できるから、
仕事を続けていけるのでしょう。
いくら妻から厳しい事を言われても、
主人公は誠実に故人と向き合い、遺族に感謝されて、
仕事の深さを肌で感じていく・・・
移ろい行く四季の中でチェロを演奏するのと、
仕事ぶりが交互に映し出されます。
まるでチェロを弾くのと同じくらいの愛情を持って、
故人や遺族と接しているようで、
観ているこちらも崇高な気持ちになっていくんですよね。
音楽も美しいメロディで良いんだなあ~★
いつまでも偏見を捨て切れない妻の前で、
知人のおばちゃんを納棺する事になるんだけど、
その時の妻の表情で、どのように心境が変化したか、
すぐ分かりますよね。
あと、「死は終わりではない。次に向かう門だ」と
笹野高史が語る言葉も、悲壮感を和らげています。
そして、最後は確執のあった父との石文のくだり。
小さい時にもらったゴツゴツした石から、
今、丸い石に変わります。
父との間にあった長年のわだかまりも解け、
新しい命へと親の思いを繋げていく・・・
死を見つめていると、生がどれだけ輝いて見える事か。
もうジワジワと涙が込み上げてきますが、
とても清々しい気分なんです。
エンドロールでは、もっくんにまた見とれてしまいました。
世界中で評価された事に納得できる作品でした。
#2008年アカデミー賞外国語映画賞受賞
#2008年日本アカデミー賞作品賞・主演男優賞・助演男優賞
助演女優賞・監督賞・脚本賞・撮影賞・照明賞・録音賞・編集賞受賞