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2007.11/05 [Mon]
トーク・トゥ・ハー

監督:ペドロ・アルモドバル
製作:2002年スペイン
出演:*ハビエル・カマラ *レオノール・ワトリング
*ダリオ・グランティネッティ *ロサリオ・フローレンス
深い眠りの底でも、女は女であり続ける。
ネタバレあります
「バッド・エデュケーション」を観たら、
この「トーク・トゥ・ハー」に対する感想が変わり、
以前に書いたものを少し書き直しました。
なんとも不思議な味わいのある印象的な映画です。
主人公の行動は不愉快ですらあるのに、
ただ切り捨てる事はできなんですよね、これが。
昏睡状態に陥っている二人の女性を、
それぞれ見守る男ベニグノ(ハビエル・カマラ)とマルコ(ダリオ・・・長い)
この二人は対照的に描かれています。
ベニグノは介護士で、4年間もずっとアリシア(レオノール・ワトリング)の
傍に付いて、何のためらいもなく、献身的な介護をしています。
それはそれは優しく丁寧な仕事で、
身体を拭き、髪を整え、クリームを塗る・・・
その一連の動作は、とても手馴れた様子で、
役者ハビエル・カマラのすごさを感じますね〜
アリシアの好きな舞台や映画を観て、
アリシアにその内容を語りかける。
アリシアのために生きる事、アリシアと一体化して生きる事が、
幸せでたまらないと言った様子です。
アリシアとの関係は一方通行でしかないのに。
いや、逆に一方通行であるからこそ、成り立つベニグノの愛なのです。
アリシアがもし目覚めて意識を持った時には、
恐らく壊れてしまう関係です。
物言わぬ相手であるからこそ、
ベニグノはアリシアを自分の傍に置いておけるし、
思い通りに扱えるんです。
極端な話、アリシアの死体が相手でも良かったのかもしれない。
一方通行で自己完結の世界の中でベニグノの愛は膨らんでいきました。
人とのコミュニケーションの取り方を知らないベニグノには、
それが当たり前の事でした。
母の介護だけに十数年を費やしてきたんですから。
人との関わり方を学ばずにきてしまった不幸な境遇の人は、
自分の満足という事しか分かりません。
「アリシアのため」に見える事は全て、
「自分のため」に置き換えられます。
一方、マルコは一般的感覚を持った人として描かれています。
人との関係は双方向であるものだと思っています。
だから、リディアが何の反応もしなくなった時、
泣いて落ち込んでしまい、何もできません。
ベニグノがアリシアと結婚したいと言い出した時には、
ベニグノをたしなめます。
そんなノーマルな感覚に私はホッとさせられました。
この対照的な二人が寄り添ったのは、
二人とも孤独だったからです。
必要とし必要とされたのは、あの時点でお互いに、
ベニグノとマルコしかいませんでした。
タイトルの「トーク・トゥ・ハー」ですが、
昏睡状態のリディアにどう接していいか悩んでいるマルコに、
ベニグノが「愛する人に話しかけて」とアドバイスする言葉です。
一方通行の人間関係しかできない人が言うとは、
何とも皮肉に聞えますね。
ラストで、目覚めたアリシアとマルコは出会う。
双方向のコミュニケーションができる二人に、
恋が始まる予感を暗示させます。
やっぱり、これがノーマルな形だと言う事でしょうか。
でも、そこには、ベニグノの思いが働いているような気もする・・・
ベニグノがずっとやってきた語りかけが、
何かしら二人に伝わっているように思えるんですよ。
どうも、スッキリと理解できなくて、まとまりのない文章ですね。
とにかく、監督は、ベニグノのような愛の形もあると
肯定的に言いたかったような気がします。
私は、これを愛と呼べるのかどうか、疑問もあるけど。。。
こういう独りよがりな愛し方をする人は増えてますよね。
作品的に、人の心情の動きや、愛・性の描写が見事だったと思います。
途中挿入される前衛芸術のような舞踏・ハトの唄・サイレント映画が
象徴的に活きていて、全体を印象深いものにしています。
心に強く訴えてくる作品である事は確かです。
2002年アカデミー賞 脚本賞受賞
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そっちの方向に転ぶのか〜と勝手なイメージとの違いにびっくりだけど、それはそれで楽しみ♪